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| 去る2002年10月12日に天文研秋の観望会を行った。 観望会と聞こえはいいが、要するに学園祭で使う写真を撮りに行ってきたというのが本音かも知れない。 まあ、動機なんてどうでもいい。 肝心なのは自発的に星を見に行くことなのだ。その点、今回の観望会は昨年実施したときと比べて2倍の人数となって企画した私はうれしい。 正直、15人位来て欲しかったのだが6人という参加人数は小回りが効くよい人数だと言い訳してみる。 参加したのはmomo・けん・MU・あちゃこ・かわい・シモツマで一年生が一人というのもなんか不安だが、土曜日に授業がある一年生の人数が少ないと言うのはしょうがないという一面もあると信じたい。 ところで、どこで観測したかというと長野県の川上村というところにある町田市自然休暇村で観測しました。川上村は長野県といっても埼玉・群馬・山梨県境に接している長野東端の村。道路には「至秩父」の文字が書かれている看板もあるし。 この川上村は自然が豊かな所で、その景観は「日本のヨセミテ」と言われるほど珍しい景観をしている。標高は1300mと高くて星空も文句無し。何度か『月刊天文』で星見にベストな場所として選ばれたこともある。とにかく空の暗さは折り紙付きだ。
観望会では休暇村の施設をご厚意で使わせていただくことになり、大変便利だ。なにしろ昨年は同じ長野の入笠山へ行ったのだが、風呂は当然ないし、車中泊ということで大変だったのだからまさに天国と地獄との差があると言えよう。 さて、当日は東京駅銀の鈴に集合してその後中央線快速に乗って高尾まで行く予定なのだが、 早速トラブル発生。 同 志 か わ い が 薬 屋 を 探 し に 行 っ て 帰 っ て こ な い 。 既に全員が荷物を積み込んで発車を待つだけなのに一向にホームへ姿を見せない。 どうしたものかと思い、ハラハラドキドキして彼女が現われるのを待ったが全然現れない。 そこで今回の観望会の幹事である私は悩んだ。 そして困った。 困った末に一通のメールを彼女の携帯電話に送ることにした。 【先に行く。適当に追いかけなさい】 と。 そして、発メロが構内に響き渡りドアが閉まる。 電車に乗っていた一同は既にかわいを見限っていた。 ドラッグストアを探しにいったまま行方不明なのだ、当然のことながらたった今発車した車両に乗れるわけがないと一同考えていた。 が、 奴は乗っていた そう、彼女はもうすぐ発車メールを受け取って、ダッシュで中央線ホームへ向かった。だが、広い東京駅のこと。なかなかホームへはたどり着けない。 そうこうしている間に私からの【諦めろ】メールが届く。 しかし、彼女はがんばった。必死の走りで見事乗車の栄冠を勝ち取ったのだ 私は最後の最後まで乗車への希望を捨てずに走り続けた同志かわいに拍手を送りたい。 そう、予定より一本早い電車に乗って「遅れるぞ!」とメールしたのは私なのだから・・・・ 予定より一本早い電車に乗ったため、甲府駅には30分程早くついた。 ところで、ただ一人ケンだけは高尾駅合流を選んだため我々が一本早い電車に乗っているとは つゆ知らず、必死で我々の姿を探していただろう。 そうならないようにあらかじめメールを打っておいたのだが。 なにはともあれ、甲府駅でケンが到着するまで駅そばなどを食べつつ待つ。 そして、彼がようやく到着したのを見計らってレンタカーを借り、いざ現地へ。 途中は予想していた渋滞も大したことはなく、つつがなく目的地へ到着。途中、村でただ一つのスーパーでか買いものを済ませておき、早速夕食の準備にとりかかる。 と、ここで問題が発生。というのも夕食は簡便に済ませるため鍋焼うどんを選んで買ってきたのだが、 作 り 方 が 良 く 分 か ら な い というのも、これは小さなアルミ鍋に食材がひとまとめに詰まっているという大変便利なものなのだが、我々は鍋に水を入れて食材を入れて火にかければOKだとばかり思ってろくに作り方も水に調理を開始した。 だがどうも様子が違う。 鍋を火にかけた瞬間 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ と凄い音がして、なんかヤバそうだ。 しかし、調理法を詳しく書いたパッケージは当の昔にやぶり捨てて廃棄してしまったのでいまさら調理法を見ようと思っても後の祭。すなわちアフターカーニバルだ。 あれこれ考えている内に鍋の水は激しく沸騰を始めて食材がぐつぐつ煮えている。 時既に遅しという言葉が脳内をよぎる中、諦めて食した。。。。 味は問題ないというか普通に食べられる味だったので問題はなかったのだが、どうしても調理法が気になる。 台所の方を見ると同じくうどんを購入したケンとシモツマが私の失敗を教訓にうどんを調理しているのが見えた。彼等の方がどう見ても正しい調理法を用いており、出来上がったうどんを見ても美味しそうであった。 私は空になった容器を捨て、うまそうにうどんを食している彼等を片目に観測の準備をし始めた そして夜になって観望会の時間がやってきた。 観望会は施設付属の天文台で、同天文台の60cmカセグレン式望遠鏡を使って行った。また、同時に写真撮影も行った。 まず定番のM31を見る。 手持ちの12cm屈折と比較して述べるが、M31は中心部のバルジが60cmの集光力を活かして明るく輝いている。しかし、周辺部の淡く細かい部分はシンチレーションの影響かそれともピントが合っていないためか口径差を如実に見せる程の分解能を示すことはなく、微細な構造までは分からなかった。 次に球状星団のh-χだ。 ペルセウス座に位置するこの星団は、天頂付近にあるとき双眼鏡で見ると、まるで自分が宇宙空間に浮遊しているかのような錯覚を覚えるほど美しくかつ神秘的だ。何十分見ていても全く飽きない天体である。宇宙へ思いを馳せるロマンチストならばこの天体を実際見た瞬間その意味を理解するだろう。 60cm望遠鏡では視野が狭すぎてhとχの片方ずつしか見ることができない。双眼鏡やRFTで見ると最も美しい天体であろう。 そしてM45ことすばる。 すばるは60cmの望遠鏡で見るよりも、持参の12cm屈折で見た方が味わいがある。ある程度低倍率の方が密に詰まっているように見え「星団」という印象が強まる。特に屈折はアクロマートならば盛大な青ハロが出てくるので、これを写真に写る星間ガスとイメージをだぶらせることが容易にでき、またそう考えるといつもは悪役の色収差も天体像に趣を与える格好のスパイスとなるのである。 このころになると深夜を過ぎて土星が見やすくなる。 土星は天文台にあった幻の名器 Nikon10cm ED 屈折で見る。気流が最初は安定しておらず像はややぼやけていたが、しばらくして気流が落ち着くと非常にコントラストが高くキメの細かい像が見えた。長焦点・ED屈折という惑星向きのスペックを持つ鏡筒に PENTAX SMCオルソをつけて見える惑星像は数多ある望遠鏡の中でも最も素晴らしい惑星像を見せてくれた。私はこれ程素晴らしい惑星像をみたことはない。 最後にM42を見た。 こちらは60cm望遠鏡で見たのだが、まさに圧巻。トラペジウムの輝きとその周りに照らし出される星間ガスの微細な構造までもがくっきりと鮮明に見える。残念ながら星雲の色までは確認できなかった。微かに緑がかっているようにも見えたのだが気のせいだろう。目感度が良い人はある程度大きい望遠鏡でこの星雲を見たときに色がついて見えるという。 さて、もう一つの要である天体写真であるが、これは初日ということもあってとりあえず60cm望遠鏡にカメラをつけて撮影。なんとも贅沢なシステムだが、ピントが合っておらず失敗に終わってしまった。でもピントが合っていないとはいえ、M42の微細な構造までもが描写されていたのは驚きだった・・・ さて、初日の観望会はこうして無事に終わり、翌日は昼まで寝ていた。 そして二日目の夜。 最終日ということもあってこの日は観望をせずに最後まで写真を撮って過ごすことにした。 GPガイドパックをセットしての写真は生憎失敗したが、通常の三脚を使っての固定撮影はなかなか良い作品が出来上がった。が、露出時間を短く設定した写真は空が予想以上に暗かったため非常に暗く仕上がってしまった。この点は大いに反省したい。 そうこうしている内に雲が出てきたので慌てて撤収。 撮影は終了した・・・・
この観望会では得るものもあったが、反省すべき点もいくつか見い出された。最後にそれを検証し、次回へ役立てたい。 まず、夜は短いということである。 これはどういうことかと言うと、我々は休憩と称してコテージに退避する時間が長過ぎたきらいがある。これで貴重な撮影時間が浪費されたかと思うと非常に無念さがつのる。気がつくと空が白みはじめてきたのだから、今回の観望会ほど夜が短いと思ったことはなかった。 次に撮影のルーズさである。撮影中はカメラを離れたりする場面が多々見られた。 撮影中にカメラから遠く離れると、突然のライト襲来や三脚蹴りなどのアクシデントに機敏に対処できないばかりではなく、シャッターの切り忘れなどという事態も招いてしまう。ショット・マネージメントを行き届かせることが美しい天体写真を写すには欠かせないのだ。 |
