ナビゲーションメニュー活動報告の一覧に戻りますプラネタリウム製作記録に移動天文研の概要に移動コラム等へ移動リンク集へ移動写真展示へ移動掲示板へ移動TOPページへ移動

?A?C?R???A?C?R???A?C?R??

line

去る2004年8月の17日から21日、前年度に引き続き4泊5日で組まれた夏合宿が行われた。

しかし事前の週刊天気予報では
雨雨、前途には暗雲が立ち込めていた。
近年は裏磐梯で行われていた夏合宿だが、今年は長い日程の利点を生かし遥々と新潟県の妙高が選ばれた。人は例年どおりの青春18切符で運ばれ
延々8時間の行程である。


一方機材は、近年の改革で増えた為すべてを車で運ぶことは出来ず、一部は
宅急便、残りを車で運ぶ事となった。車は遠いことを理由に都以外は高速道路を利用した。

運搬を請け負った車組の夏合宿は数日前から始まっていた。

本校舎の窓枠修繕工事の為、当日に機材を搬出できないので、事前に機材の搬出を行ったからである。貴重な機材を積んだまま家の駐車場に2,3日の
放置が行われた。幸いなことに泥棒さんはいらっしゃらなかったようで、機材は無事であった。


17日、合宿の初日、車組は8時に発進し、9時に兵站部長を拾い目的地に向かって出発。
ルートは練馬から関越自動車道へ乗り、藤岡JCTにて上信越自動車道に乗り換え一途妙高高原IC。
ラジオで米軍放送(FEN AM810kHz)から流れる
ノリノリの音楽に合わせ爆走・・・・


は積荷が重すぎて出来なかった。しかし、あまりの加速の悪さに怒った会長が、速いほうが減速しにくいから運転しやすいと結構な速度で走り、気がつけば12時には妙高高原ICに着いてしまった。あらきんラーメン(つけ麺がまずい、味噌は普通だが量が多い)で残念な食事をした。今回の宿舎はロッジ『サンバレイ』。天文に大変理解がある宿である。が、宿へ向かうも、宿舎の看板がアルファベットと分かりにくい為迷う。なんとか着くも、オーナーが出かけていたので、先についた百武氏と最初の温泉へいく。

当時の妙高の天気は降ったり止んだりの不安なお天気だった。夜は
もちろんのように厚い雲に阻まれ星一つ見えない。当初からの予定のようにCatanやPS2、もしくは宴会に興じていた。


18日、2日目、
形勢が変った。携帯電話で調べられるピンポイント天気予報で夜に晴れがついた。もし今合宿中に星が見られるとしたら今日しかない、と各々期待と不安を抱え夜を待った。午後8時、宿舎の外では雲がありまったく見えないが、予報を信じとりあえず観測場所まで偵察を出す。道中は激しいで数メートル先も見通せない危険な山道、とりあえず警笛がうるさい。霧を抜けると、晴れ渡っていた。


観測場所こそまだわずかに霧がかかっていたが、晴れる公算が非常に高い為、かえってすぐ支度をして出発、
ついたときは晴れていた




空気が変ったなと思った。




天文研に入って早2年半、今までは望遠鏡は使いたい人が勝手に使い、その他は雑談を交え、菓子を頬張りながら、星座早見とにらめっこしながら眼視もしくは双眼鏡、もしくは写真をとって楽しんでいた。多くの人は望遠鏡には興味がなかったように見えた。今回の合宿では百武氏の熱意が新入生に届いたのか、百武氏の号令に合わせ、
多くの人が望遠鏡を使って天体を導入しようとしていた。百武氏もノリノリで矢継ぎ早に天体を導入していた。

朝

一方、私の同学年は従来の楽しみ方で細々とやっていた。
しかし、上空の気流は強く次第に曇ってしまい、その後は部分的に
晴れたり曇ったりを繰り返していた。経験豊富な百武氏はそれでも次々と天体を導入できていたが、まだ使い慣れていない新入生には苦しかったように見受けられた。ぜひとも今後積極的に観望会に参加し、使い慣れて欲しい物である。写真が撮れるような天気ではなかったがわざわざ妙高まできた甲斐がありよい合宿であった。 どっこい、これだけでは終わらなかった。



19日、3日目、何人かは帰宅していき、彼らが
勝ち組みかと思われていたが、その夜、偵察隊は「晴れそうだ」と告げた。急遽準備をし観測地へ行くと、所々ではあるが晴れていた。
早速望遠鏡を出しセッティングするが
黒い雲が・・・。
今にも降り出しそうな天気となった為、安全策をとり
撤収


撤収


しかしほとんど雨は降らず、その後は昨日のような天気であった。しかも、星は百武氏が「今までの中で最も綺麗だ」というほどの輝きだった。宿舎のほうは晴れていた為、星座早見で星座の位置のお勉強をしようと提案したが、した人はおらず、約一名だけが外にいて星を見ていたといわれている。


20日、4日目、1年生も全員が帰り少し寂しくなった夏合宿だが、何人かは直江津に行き水族館で大はしゃぎしたようである。様々なパフォーマンスで我々を魅了してくれたイルカが江ノ島からの出張だったのは気の利いたジョークであるように思えた。



この夜、偵察隊は「快晴」と告げた。

この日は気流も安定していて、写真も撮れるお天気。星の美しさは昨日には劣るらしいがすばらしいものだった、ように思えた。一部、
闖入者が現れ、我々をハイビームで照らして去っていくというハプニングもあったようだが、今までの鬱憤を晴らすかのように各々、望遠鏡をつかって天体を導入したり、写真をとったりして楽しんだようである。

断定でないのは車組が明日の為に睡眠をとっていたからである、1時間くらいしか見ていない。また、上空の気流が変ったらしく、
摂氏7度以下という夏とは思えない寒さの中で観測していたようだ。


21日、5日目、後は帰るだけである。
一部の人間が
「新幹線なら3時間で着くよ」という警告を無視して早々に帰り、車組は彼と歩調を合わせるため行きにも勝る速度で飛ばして帰った。途中のSAで食べた蕎麦はまるでゴムのようであり、不味かった。


早く着きすぎたため、電車組を待たずに荷物を搬入して、その日は解散となった。
後日、後始末までが合宿ということで宅急便で送った荷物を搬入し、テントを干した。

テントを干した日は風が強く、テントの中はさながら
難破船のようだった。 当初はまったく期待されなかった合宿であったが、終わってみればまずまず及第点の天気だったのではないだろうか。次はさらに良い天気を期待したい。ロケット班等、非公式活動は割愛させていただきました。


集合写真


文責 牧村昌泰


ページの上に戻る


用語集
2004年ペルセウス座流星群観望会報告2へ戻る
活動報告のTOPページに戻る2004年度9月観望会報告へ移動
top>report>2004年度夏合宿報告

法政天文研究会
マーク