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アイコン第58回自主法政祭参加報告アイコン

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1.プラネタリウム班総括 金子班長



<展示に向けて>
 5月 ドーム修繕
 6月 羽が折れた換気扇の代わりのものを購入
10月 遮光版の補強と改良、投影機の回路改良
11月 ロータリー接点改良、星座絵投影セット作成



<投影機>
 昨年からの課題であったロータリー接点を改良。黒いスポンジで接点を押さえつける方式。また、接続部をリン青銅板に変えることで、接続部の動きに対応。また、ボリューム抵抗が壊れていたので、新品に交換。今後、フタを閉じて固定できるようにした。また、12星座が写るよう、新たに恒星球にいくつか穴を開けた。


<シナリオ>
 例年通り、1年生に作成を依頼。僅か1週間程度の期間で、素晴らしいシナリオが完成した。素晴らしい。本番でもしっかりと暗記していたようで、素晴らしい。代表的な星座に加え、12星座をすべて網羅したシナリオ。解説時には、それぞれの星座に星座絵を重ねて投影した。


<ドーム>
 おなじみの布製ドームを使用。511前で洗い(この場を友人に見られた)、58年間屋上で天日干し、その後神楽坂のコインランドリーにて乾燥機。しかし耐久性に疑問の声もあり、学祭最終日には自然に破けてしまった箇所も。いよいよドームを作り直す時か。


<振り返って>
 様々なハプニングがありながらも、何とか学祭までに間に合わせることができた感じである。星座絵も素晴らしい出来で、来てくれたお客さんにも満足してもらえたようだ。作業中の問題点としては、細かい点を挙げればキリがないのだが、改めて計画的に進めることの大切さが身にしみて感じられた。これは、作業プランはもとより、予算配分や人手集めについても同様である。
 とはいえ結果としては良い上映ができたわけで、これは何事にも変えられないだろう。今後も学祭の名物企画として知られるくらい、頑張ってほしいと思う。
プラネタリウム

写真1:プラネ入り口





2.展示班総括 増田班長



2005年度の展示内容

 1) 写真展示:
観望会や合宿で撮った写真の展示
 2) 12星座おみくじ:
星座別おみくじ配布
 3) プラネタリウム:
自主制作プラネタリウムの上映 全て、ボアソナードタワー地下で行った。
アネモス階段
写真2:アネモスからの階段




1) フォレストガーデンの前の掲示板に、トリミングなしで、A4サイズを22枚展示した。

写真の数が少なかったことから、秋合宿が終わるギリギリまで写真の印刷を待ち、印刷したのが天体写真を印刷する上での技術を持たない人だったために、切羽詰って、準備日から学祭初日の朝まで色々やることになった。
来年度は模造紙の購入とデータシートの印刷等早めに済ませて置くべきである。
また、写真を数多くの人間が撮って、枚数に余裕を持ち、早めに印刷できると、今回のようなごたごたが起きなくて良いと思う。
写真展示
写真3:写真展示




2) フォレストガーデン入り口で、星の木を傍らに置き、おみくじの配布を行った。

今年は日替わりのおみくじにし、一日目「勉強・性格」/二日目「恋愛・結婚」/三日目「金銭・相性」を星座ごとの傾向としてのせ、今日の運勢は大吉中吉末吉シークレットとした。

各星座30枚ずつで、一日360枚。三日で1080枚用意した。特に一日目が日曜だったので一日目は240枚もすり足した。二日目以降はその必要もなかった。特に夕方は「売り切れです。」で済ませた。
無料であることが分かるとやってくれていた。大きな声で言ってもなかなか無料であることを分かってもらえないので、その辺りの工夫が必要。日替わりは少々大変すぎたので、人数が少ないのであればその辺りは考慮すべき。

音問題では、和太鼓を使った民族系のダンスサークルの音も問題であった。
また、階段が人で塞がれて行き来ができなくなる時もあった。来年度は紐ではなくパーテーションでしっかり区切ることを提案するのも良いかもしれない。
おみくじ

写真4:おみくじ





3.屋台班総括 黒見班長



我々屋台班の本格的な活動は、試食会における私のとんだミスで幕を開いた…。

およそ
5キロもの鶏をビッグヨーサン綱島樽町店から買い占めて来てしまったのだ。屋台班には、高倉・佐藤・前田そして黒見のたったの4名しかいない。いくら育ち盛りの若人でも、食いきれない量であることは自明である。にもかかわらず、数量感覚の乏しい班長は、横浜から田無へ、そして市ヶ谷へと肉塊を運搬するという罪を犯してしまったのだ。

この事件により、関係者の皆様には多大なる御迷惑をおかけしました。謹んでお詫び申し上げます。今は反省している。
何はともあれ、内田氏、牧村氏、金子氏、さらにはOB若山氏の協力を得、鶏を食ったり吐いたりしながらも、焼き鳥1本あたりの値段を算出し、焼き方のコツなどを学習した。



9月末から10月上旬にかけ、遂に待ちに待った(?)趣意書および各申請書類の提出が続いた。大食いで知られるはらぺこ班長もこのときばかりは食欲をなくし、皺の少ない脳をフル回転させて文章を練った。2年生全員で相談し合い、また先輩方が残してくださった
『趣意書対策過去問題集』を分析し、過去の文章をパクり…いや、参考にさせていただき、読む気をなくさせるような長ったらしい文書を完成させ、学祭実に立ち向かった。

学祭実との対決の結果、勝ちなのか負けなのかよくわからん微妙な場所を獲得した。ピロティ下にある地下に通じる階段の辺りだ。あとになってわかったのだが、その界隈は焼き鳥屋が軒を連ねる、焼き鳥激戦区だったのである。これには正直ビビっていた。焼き鳥初心者の私なんかは焼き鳥業界から淘汰されてしまうのではなかろうか、と。私はチキンだ…。



書類の記入に明け暮れる日々も終わり、屋台の設計・看板の制作に着手した。
屋台の設計図は、2代前の焼き鳥屋店主の牧村氏から指導を受けながら作成し、屋台ノート2005年版(62年館地下ロッカー所蔵)に書き込んだ。数字が苦手な班長は、これにやけに苦労した。

屋台の顔・看板は、
AB型的性格丸出しの作品になった。白模造紙の上に赤い画用紙を切り抜いて作った、屋号「やきとりのイニ」の文字を貼るのだが、その文字は傾き、偏り、剥がれ、折れ曲がり、哀れな姿となってしまった。というかそうした。そうしたくなるのがAB型という血液なのである。

看板はさらに豪華なイラストまで加えられた。鈴木画伯が生み出した、知る人ぞ知るあの
伝説のVネック鳥である。珍鳥・Vネック鳥をマスコットキャラクターに採用させていただくことができるなんて、何と幸せなことか!



こうして準備期間は過ぎ行き、学祭前日を迎えた。
午前9時半、肉を買うべく綱島に集結した。またしてもビッグヨーサンでのショッピングだが、今度は買い過ぎても問題ない。思う存分、大量購入した。 この買い出しには、倉重・高倉両氏に協力していただきました。朝早くから手伝っていただきありがとうございました。また、倉重先輩は4年生なのに車まで出してくださり、大学まで輸送してくださいました。感謝しております。

学校到着後は、備品を借り、屋台を設営し(時間かかり過ぎました。すみません)、翌日のための肉の準備をした。
この日いきなり終電を逃し、内田ホテルにお世話になることになってしまった。内田先輩、本当にすみませんでした。



学祭初日が始まった。内田ホテルからの出勤である。寝不足だ…。
プロパンガスなどの準備を進め、11時頃オープンした。周りの店よりやや遅いスタートだった。 とりあえずももから焼いてみる。うまく焼けない。どうしても肉と肉のビトイーンが生になってしまう。悔し紛れに焼いたねぎまは、ねぎが班長の腹の如く黒くなる。ならばと手羽先に挑戦。表面は炭化するも、内部は激生。挙げ句の果てには串まで燃える始末。誠に不器用である。そう言えば、この数年間、料理らしい料理を作っていない。

そうこうしているうちに、お客様第1号が呼んでもいないのに来た。それまでの数々の失敗作をお買い上げいただいた。ところが、あろうことか、あとから
クレームをつけに来やがったらしい。「いいか、客よ。よく聞け。学祭の食いもんに質を求めるな」と班長がぼやいたとかぼやいてないとか…。

しかし、だんだん上達してきた。
どんどん焼き、ストックを作り、お客様にお出しするときにはリヒートする、という工程が確立された。また、砂肝ねり梅(しそ入り)が絶妙なハーモニーを奏でることを発見し、それを啓蒙していった。

夜になり、客が増える。増産態勢に入り、肉を切る人、串に刺す人、焼く人、会計をする人、歩き売りに行く人、買い出しに行く人…、全員で協力し合い、売りまくった。本当にみんなには感謝してもしきれないくらいだ。この場をお借りして、改めて感謝の意を表したい。本当にありがとうございました。

隣の焼き鳥屋が肉を完売してからは、さらに客が流れ込み、いっそう忙しくなった。が、休むことなく焼き続けた。とうとう我々も肉を切らしたが、ハナマサでさらに買い足し、営業を続けた。 私はこのとき
発狂していた。とにかく怒鳴っていたのを覚えている。ときには先輩に向かって、命令を出していた。私に怒鳴られた皆様、申し訳ありませんでした。
23時になり、営業を終了した。儲かった。ちなみに、なぜかねぎまが最も好評だった。
屋台裏

写真5:屋台

2日目。前日と同じように、営業を開始した。ひたすら焼いた。切った。刺した。売った。そして、儲けた。
焼き鳥を焼く腕にも磨きがかかり、2日目からはクレーマーがあまり来なくなった。

しかし、別の問題が発生した。
「値引きをしろ」と喧しい客が続々訪れるようになったのだ。やきとりのイニは周辺のライバル店より、もともと価格を若干高めに設定していた。最上級の(ブラジル連邦共和)国産の鶏を使用していたためである。3日目夕方から値下げに踏み切ることが検討された。
班長

写真6:焼き続ける班長

3日目。最終日。自宅に戻り、前日までの疲労の蓄積により深い眠りに落ちてしまった私は、
寝坊しちまった。目が覚めたら、すでに営業を開始しているはずの時間である。焦った。とりあえず先輩に電話連絡して事情を説明し、学校へ急行した。急いで開店準備をしたが、もう昼を過ぎていた。御迷惑おかけしました。すみません。

その後は、前日までと同様、順調にお小遣いを稼いでいった。途中、ガスを使い果たしてしまうというアクシデントに見舞われたが、営業再開後は快調に富を蓄えていった。

3日目の夜は、あちこちで宴会が催される。ターゲットはもちろんのん兵衛たちだ。彼らは焼く側を混乱させるほどの
大量注文をしてくる。それも1組、2組くらいならいいが、一度に5組くらいが店に襲いかかってきたりした。グルメ雑誌で紹介されたこともなければ、テレビで取り上げられたこともないのに、店の前には行列ができてしまう。人手が足りなくて困った。天文研が総動員されていた。それでも忙しかった。焼き鳥調理器の端から端までびっしり串を並べたが、生産が追いつかない。

とにかく忙しかったが、なぜか徐々にそれを快感と感じるようになっていた。いつしか私は
焼き鳥製造ロボと化していた。
23時。とうとう閉店。
ビールで乾杯!激務のあとの一杯は格別うまかった。みんなが労をねぎらってくれた。嬉しかった。感動した。

だが、屋台の運営を成功に導いてくれたのは、会員の皆様のほうだ。みんなが本当によく協力してくれたお陰で、学祭を成功させることができた。本当に感謝いたしております。ありがとうございました。

みんなである目標に向かい、協力し合って、それを成し遂げたときの達成感ほど心地よいものはありません。屋台班班長の任務を終え、今、本当に勉強になったと実感しています。






文責:金子・増田・黒見


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